トイプードルの炎症性乳癌自壊とMohs軟膏、亜鉛華デンプン処置
犬の乳腺腫瘍はメスにおいて最も多い腫瘍性疾患です。治療の第一選択は外科切除ですが、外科が選択されないケースが二つあります。一つは、炎症性乳癌の場合と、もう一つはすでに肺などに転移している場合です。炎症性乳癌はかなりの痛みを伴い、急速に進行する腫瘍です。悪性度が高く、痛みの緩和などの支持療法が推奨されます。もう一つの転移している場合は、手術しても根治が不可能な状況で手術は推奨されません。
今回、炎症性乳癌を強く疑うトイプードルちゃんの緩和治療を行いましたので、ご紹介いたします。15歳の未避妊トイプードルちゃん。数ヶ月前に1cmほどだった乳腺部のしこりが急に大きくなってじくじく化膿し、来院されました。かかりつけ医では抗生物質を1ヶ月分処方されたそうでした。

左乳腺部の腫瘍の自壊

穴があいてしまっている
実際は写真より周囲も赤く、腫瘤は板状に固くなり、片側の乳腺だけでなく左右に炎症がありました。細胞診により乳腺由来の腫瘍である事、レントゲン撮影により残念ながら肺に転移があることがわかり、暫定的に炎症性乳癌と診断しました。飼い主さんの希望としては、このじくじくした腫瘍の自壊部からのにおいなどをなんとかして欲しいということでしたので、緩和療法の一つとしてMohs(モーズ)軟膏の治療をご提案しました。

Mohs軟膏の作成
Mohs軟膏は、自壊部からの出血、悪臭、浸出液を抑え、腫瘍自体の減量を図る目的でMohs氏らが開発した方法で、日本では緩和的用途で使用されることが多いです。塩化亜鉛を主成分とし、蛋白質を変性、収斂して壊死組織を化学的に固定乾燥させます。
院内で調合した軟膏を患部に塗布して、しばらく反応させます。患部の周囲は軟膏がつかないようにワセリンやラップで覆います。

処置中

処置後
処置後は、壊死組織と反応して白く患部が変色し乾燥しているのがわかります。周囲のぶつぶつと小さなじくつきには亜鉛華デンプンを散布しました。これはMohs軟膏の組成成分の1つであり、収斂消炎効果があります。この子に関しては週に一度来院していただき、しばらく預かって処置を行うということを何度が繰り返しました。緩和ですので進行は止められず亡くなられましたが、最期まで腫瘍自壊部からのにおいはありませんでした。根治が難しい病はどうしてもありますが、それでもどうぶつや飼い主さんから少しでも苦痛を取り除きQOLを上げるような緩和ケアというのは探す事ができます。なにかできないか、というとき、選択肢は一つでも多い方が良いと思います。諦めず、ぜひ獣医さんにご相談くださいね。